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おはようおばあさん 9

お葬式が済んでからも、することはいっぱいありました。

初七日はお葬式の後で、夜に済ませてしまいましたが、七日毎に中陰の法要をいたします。
中陰の法要は、集落の規約で、月忌と四十九日以外はお茶菓子程度のおもてなしと決められています。
ですが、これがまた、難しい。

五七日と月忌は一緒に合わせて法要をさせて頂きましたが、4回の法要でお出しするお茶菓子、最初の内は「これがいい!」と楽に選べますが、段々とネタがなくなってきます。
同じお菓子は出せないし、田舎のお菓子屋さんをあっち行ったりこっち行ったり、お店の中でウロウロウロウロ。
なかなか大変です。

月忌と四十九日は料理をお出しすることができます。
料理屋さんにお願いできます。値は張りますが。

四十九日は料理屋さんの方へ皆さんをお連れしました。


さて、楽しみにされていた旅行に送り出したような、いいお葬式を迎えられたと思っていた私。

お葬式が済んで、初七日も終わらせて、皆さんには、

「あんた、よう最後まで看てやらんたな。ようしたらんたな。すがちゃんも喜んでやんすで。」

そういう言葉をいっぱい頂き、これも全て、おばあさんがいて下さったからこそ皆さんから頂けた言葉で、
脳梗塞で分けが解らなくなっておられて言葉もほとんど無くなってしまっておられたおばあさんでしたが、

私には、その皆さんの言葉は、おばあさんが私に残して下さったメッセージのように聞こえました。

おばあさんが、皆さんのお口をお借りして、そう言って下さっている。
私は、おばあさんのおかげで、そのお言葉が頂けている。

亡くなられてなお、私にこうして語りかけて下さり、労って下さっている。

感謝でした。


取りあえずのお葬式と初七日が済んで自宅に帰り、一晩眠った翌日。
思いがけないことが起こりました。

目覚めたら、涙が止まらないのです。
自分でもよく解らない涙でした。

布団の中で、私はひたすらティッシュで、止まらない涙と格闘していました。

いつもの朝と違う。
どんなに身体が辛くても、6時になったらカーテンを開けて、

「おはようおばあさん。今日はいい天気ですよ。少し雪が積もってますから冷えますね。」

なんてお声をかけながら、体温を測り、血圧を測り、血糖値を測り、表情を目視し、異変がないか調べ、身体を清浄にし、お薬と栄養剤を準備して注入し……

することが山程あった日常。

おばあさんの寝ていらした寝間は、ベッドも介護用の棚も全てどけられてしまって、主人が脱いだ礼服とお供え物の残りなどが隅っこに置かれているだけで。

おはあさんが。

おばあさんがいない。

つぶらな瞳で私を頼り切ったお顔で見て下さっていた、おばあさんがいない。

それを身体で感じた時、「置いていかれてしまった。」そう感じてしまったのでした。

朝、起きてきた主人が驚いて、「どうした!?」と聞きましたが、私は、「おばあさーん、おばあさーん。」と泣き続けるばかりで、主人も困ったと思います。
ごめんね父さん。

正直に言います。
介護は大変でした。
おばあさんをどこか預かって下さるところはないかしらと思った事もあります。
痰の絡みが酷くて、私はここ数年、まともに眠った記憶がありません。
24時間体制で、訪問看護士さんの助けを借りながら、そして、デイサービスやショートステイを少しばかり入れて貰って休憩できる時間を取って貰いながら、介護を続けてきました。
福祉施設との関わり方が解らなくてうまく付き合えずに何度も話し合いをしたりして神経をすり減らし、自律神経を乱し、パニック障害と鬱になり、薬を未だに飲み続けています。

それでも、反作用的に、介護を続けて行くうちにおばあさんに対する私の気持ちには、母性本能に近いものが生まれ、おばあさんは愛するべき人となっていました。

愛らしい、心になんの澱みもない、美しい人。

大切な何かを失ってしまった。
心にぽっかりと穴が開いてしまったようで、葬式の忙しさで紛れていた気持ちが、ひとまず一段落した時に、一気に表に出てきました。

よく、皆さんが「お疲れの出ませんように。」とおっしゃいますが、まさにそれです。
張っていた気持ちの糸が切れた、その瞬間、空虚な寂しさと、大きな仕事を無くしてしまった喪失感と、愛らしい存在がおられなくなった孤独感は、私の心のバランスを簡単に崩しました。

一週間は元に戻らなかったと記憶しています。
何かの拍子に涙が出て止まらなくなる。パニック障害の発作が出る。何もする気になれない。

一日、居間で電気を消したままゴロゴロしたり、テレビを見る気にもなれず、今、当時を思い返すと、本当に鬱陶しい存在になっていたと思います。

実母を亡くした主人が一番悲しいはずなのに、主人に慰めて貰うというこの矛盾。
笑ってしまいますね。

中陰の間は、蓮の飾りと回り灯籠を点け、巻き線香とロウソクを替えて火を灯し続けます。
お仏壇の前で、ロウソクに火を点けながら、やはり私は言っていました。

「おはようおばあさん。今日も良い天気ですよ。そちらはどうですか。おとちゃんとおかちゃんは迎えに来て下さったのかしら。」

あんなに正直で、心にまっすぐで、人のために助力を惜しまず、懸命に働いて来られた人ですもの。
もし、あの世があるのだとしたら、向こうの世界に大歓迎されていらっしゃるに違いない、と、私は思っています。


今、少しずつ体調が戻りつつあります。
ほったらかしにしていた畑も、大変なことになっているけど、実家の母の助力を頼みながら、少しずつ復活させている最中です。

おばあさんが懸命に守ってこられた畑ですから、私も綺麗に保ってお野菜を作りたい。


おばあさん、キュウリと茄子とピーマン、トウモロコシが採れましたよ。
もう少しすれば、黄マクワが座を回して採り頃になるでしょう。

お漬け物の漬け方を習っておけば良かったですね。
漬け物の漬け方の本と格闘しながら頑張ってみます。


さて、その後起こった事についてはまた次回のブログで。

いつも、長々とした記事を読んで下さっている皆様、ありがとうございます。
介護と向き合われているご家族の皆様の生活が、少しでもより良いものになりますように。
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プロフィール

akkysan

Author:akkysan
平成29年1月25日に、福祉サービスを受けながらの自宅介護の末、自宅で義母は穏やかに息を引き取りました。90歳でした。介護歴10年くらい。寝たきりで3年半くらいでしょうか。在宅介護経験者です。若くから糖尿病を患っていた義母の半生を、途中から家族として共に過ごし、共に病気と過ごしてきた嫁である私の視点から、このブログを書いています。自宅で介護したからこそ分かったこと、人間とはどんなものかと感じたこと、福祉サービスの有り難い部分、そしてその中で分かってきた問題点と付き合い方など、私の主観ではありますがおいおい載せていく予定です。よろしくお願い致します。BYあっきーさん

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